残る桜と散る桜 近江八幡ルポ(2008年4月20日)

「先週に来はったら、桜が満開でしたのに」

花びらを散らす葉桜を眺めながら、駅前から乗ったタクシーの運転手さんが繰り返していた言葉を思い出す。

近江八幡の春は盛りを過ぎ、初夏の兆しが見え始めている。
古い町並みをたどって、かつての近江商人たちの街へと向かった。
あきんど道と呼ばれる古い商家が並んだ一角は観光客でにぎわっていたが、空は高く、町はどこかしんとしている。
ふと、一軒の町屋で足が止まる。
淡く美しい色に染められた布がショーウィンドウに飾られている。その色も模様も先ほど見た花びらのようだ。「アトリエasa」では、オーナーの神山結子さん(27)が作ったオリジナルのテキスタイルの布や、それによって作られた布製品が販売されている。古い造りの家を改築したアトリエ内で木漏れ日の中ミシンに向かう神山さんの姿はそれだけで一枚の絵のようだ。

「アトリエasa」http://www.tex-asa.com/index.html

神山さんの紹介で、もう一軒町屋を改築したお店「尾賀商店」へ向かう。ここは一軒の町屋の中をいくつかのギャラリーやカフェに分割した面白い造りの建物だ。畳の匂いや木造の階段や柱の懐かしい雰囲気が、店に並ぶ現代のアート作品に不思議となじんでいる。
話を聞いたのは齋藤江湖さん(40)。尾賀商店の一角でオリジナルの印鑑のお店を出している。
齋藤さんは町屋を借りる若い世代と、地元との関係をこう語る。「地域の活性ためというよりも、それぞれ自分のことを頑張っていきたいと思っている。
それが結果的にはどちらのためにもなることだから」 町屋を自分たちの夢の実現の場にしている若い世代は増えているそうだ。誰も住まなくなった町屋を再利用することにより、朽ちかけた建物は命を吹き返す。ただ、中には空き家であっても持ち主の意志でそのままになっている家もあるらしい。次は古くからこの町に住んでいる住人はどう思っているのかが知りたくて、さらに町を歩いた。

「ご自由にお入りください」という看板にひかれて入り口を覗いてみると、ここは店舗ではなく地元の人の会合や観光客の休憩所として開かれている「間の会」というスペースだった。ここで近江八幡市で市議会議員をしている山本英夫さん(55)にお会いできた。
地域活性化というけれど、地元に住んでる者にとっては、それが一番というわけではない。若い人たちが興味を持ってくれるのはうれしいが、マナーの悪い観光客が増えたり、町が騒がしくなることは望んでいない。自分たちにとっては昔からの静かな生活を守ることがやはり大事だと思う」
山本さんの話を聞きながら、町を歩いた時のどこかしんとした空気を思い出した。古くから守られた歴史と新しい意欲と好奇心。その二つは溶け合うことに成功したかのように見えるが、とても微妙なバランスで成り立っている。そのどちらも大事にできる未来を見つけることが今この町の課題なのかもしれないと思った。