花をください

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。どれか一つと引き替えに、あなたに富を与えましょう。帰り道に突然袖を引かれ、老婆が言う。いきなり即断を求められてうろたえるが、借金もかさんでいたことだし、味覚と引き替えに富をもらった。 その日から僕は、スポンジと軽石を食べて生きる大富豪になった。再び老婆が来て言う、どれか一つと引き替えにあなたに名誉をあげましょう。成金と蔑まれることに憤慨していた僕は、触覚と引き替えにその市の市長となった。恋人の肌を味わうことが出来なくなった僕は、やがて視覚を不要に感じ、知識と交換した。全ての英知を手に入れた僕は、誰と話す必要も無くなり、聴覚を手放した。代わりに死なない体を得た。最後に老婆が僕を訪れた時、その手には花束があり、僕にそっと、赤子のようにそれを抱かせた。世界中の花を使って作られた花束はとても抱えきれず、僕はその中へ埋もれてしまった。 ああこの眠りに誘う、花の香だけが、それだけが僕がここに居たいと願う理由。世界を感じる力が、欲しかっただけ。